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  • 篠原肛門科

女性 70代 此花区

前略 この度、篠原先生の診療を受けるに至りましては、親族の医者の薦めからでございました。 永年サラリーマンで転勤族の生活をしてきましたので、海外勤務地でも痔薬を試みたり、また、病院での診察を受けて治療には専念しておりましたが、完全回復には至りませんでした。最近では七十代の高齢を理由に、人生の終期であると決め付けてしまい、半ば諦めの心境にになっておりました。今回、篠原先生の手術を受けるにつきましては、初診の日にお願いいたしました。治療をして頂くには、患者として先生を信頼して望みました。やがて全快も近いのではないかと思われますが、その日を心待ちにしております。 通院、そして治療にはしばしば弱音を吐いておりましたが、先生のお人柄や、皆様の親切とやさしい雰囲気に心までも癒していただきました。 心から感謝とお礼の言葉を申し上げたくて一筆託しました。 今後も先生の優れた診療は辛苦から救いを求める患者の方のために続けられかと思われますが、毎日の先生のご多忙をお察しいたします事から、どうぞお身体をご自愛くださいませ。 ○ ○ ○ ○ 余談ではございますが 病院の待合室で先生がドラムを叩いておられる写真を拝見させていただきました。私事で恐縮に存じますが,三十年ばかり前のことなので忘れてしまっておりました。娘が中学三年生の時、ブラスバンド部でピアノとフルートを担当しておりました。その頃、アメリカから、カリフォルニアの高校生のジャズバンド部の生徒が日本での演奏会に訪日しましたとき、当時日本でヒットしておりました 《青春時代》 の曲を娘たちと合同演奏をしたことがございました。黒人青年の奏でる、トランペットやサキソフォンの響きに感動いたしました。その中の一人の生徒が私宅にホームステイすることになったのですが、ステージでドラムを叩いた○○ー○と言う白人青年でした。当時大学生になったばかりの長女が、彼に 《日本式風呂の入り方》 を理解させるのに大変でしたが面白かった日のことが甦り、思い出し笑いをしてしまいました。篠原先生のお写真とドラムを叩いていた青年の姿が重なり、昔を懐しみながら思い出に浸りました。それにしましても思いがけないものでございました。 今回、篠原先生の診療を受ける機会に恵まれました私の幸運に感謝いたしますとともに、これからの残りの人生を有意義に生きようと思っております。 大変失礼いたしました   どうぞあしからず    ○ ○ 先 生

【篠原院長より】 上品でしんの強いすばらしいおばあさんでした。外国でも日本でもいろいろされて大変でしたね。今回が最後の手術になりますように祈っています。すごい達筆でおどろきました。まだまだお元気で快適なトイレをすごしてください。

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大阪市 北区 天神橋筋六丁目 篠原肛門科